「 雑記 」一覧

ライフスタイル

今日は午前中いっぱい寝かせてもらい午後から活動をはじめました。
まずはセブンのホームページの改修。閉店のお知らせと一部を残して各種コンテンツを閉じました。
セブンのホームページ、Twiterアカウント、FaceBookページはこれまでのアーカイブと今後の連絡用にしばらくは運用を継続する予定でいます。すくなくともドメインの有効期限である来年3月までは続けると思います。もっとも更新することはまずないでしょうが・・・
PCの授業、ホームページ更新の打ち合わせなどを行い帰宅したのは19時前。
家族で夕食をとり、子供たちと一緒に21時過ぎに布団に横たわり優輝に本を読んであげました。休みの日みたいですが、これからは毎日こんな日が続くんでしょうね。
普段ならセブンの営業を終えて2時過ぎからやる仕事を明日の午前中にやることに決めて24時過ぎに就寝。
サラリーマンを辞めて20年ぶりに朝起きて夜寝る生活のスタートですw


休日

今日はセブン最後の定休日。
先週の土曜日に授業参観があった為に今日は匠太が振り替え休日。定休日と重なったのでママの実家に家族で遊びに行って来ました。
まぁ、なにをする訳でもなくのんびりとしただけなんですけどね。最近はセブンの閉店を軸にして色々な事が同時並行多発的に起きているので、良いリフレッシュになりました。
体調面はかなり悪いです。首から背中へかけての原因不明の痛みが抜けず、常に倦怠感があり物事への意欲はあるものの身体がついて来ない感じですね。
まぁ、寝不足なんでしょうけどね。以前は全然大丈夫だったんだけど歳ですかねぇ・・・
さて、今週はいよいよセブン最後の週です。色々忙しい予定ですががんばりますw


疲れてるのかな?

今日のセブンは誰も来ませんでしたw
まぁ、末期の店なんてこんなもんでしょ。俺はWEB系の仕事をするもののクライアントが勝手にFTPパスワードを変更しちゃったらしくアクセス不可・・・
セキュリティ上、定期的にパスワードを変える事は大事なことですが、せめて修正依頼出すときにパスワードを変更した事くらいは教えて欲しいものですけどね。
なんか、胃が痛いなぁ・・・まぁ、最近は色々環境が猛スピードで変化してるからストレス掛かってるんだろうね。来月からは少し時間が出来るのかな?
ちょっと身体と頭を休める時間が欲しいな・・・


高校の同級生と会って来ました。

今日は高校時代の友人と横浜でそばを食べながらビール片手に近況報告。こいつと会うのは俺の結婚式以来だから13年ぶりか・・・
まぁ、自然と子供の話しが中心になる訳ですが、先日交通事故で急逝した友人の話しやら途中で担任の先生に電話掛けて再会の約束をしたり・・・
まぁ、気兼ねなく会った瞬間からタイムスリップ出来るのは旧友との再会での特権ですね。ちなみにこのお蕎麦屋さんにしたのは、ここも同級生がやってるからw
もっとも話しを先に通していた訳ではないので今日は体調不良でお休みとの事で30年ぶりの再会は出来ませんでしたけどね。まぁ、また機会もあるでしょう。
セブンは月曜で定休日。来週15日が最後の定休日になりますね。
セブンとパソコン教室は定休日でも俺の仕事がなくなる訳ではなく、セブン閉店後の改装準備やら何やらで昼間は比較的忙しかったですね。
この後も仕事しようと思っていたんですが、明日は女子W杯の日本戦が11時キックオフらしいので、早めに寝て明日の午前中に仕事をちゃっちゃとやる予定に切り替えました。
ってな訳で1時前ですがおやすみなさい・・・


区切りの年

今日は午後から湘南工科大学で講義。100名近い受講生がいますが、今年は例年以上に授業がやりやすいですね。その分、予定にない話しなんかをする機会も増えて授業の進行が当初予定より若干遅れ気味なのが気がかりではありますが・・・
家に戻りネットワーク回線の段取りを付けました。新しいテナントが入るので色々と回線を変更しないといけないもので・・・
夜はセブンに入ります。今日は常連さんが3名。先週ひょっとすると閉店になるかもしれません。とお伝えしてはあったんですが、正式に21日閉店をお伝えしました。
俺はビリヤードをせずに提出されたレポートに目を通したり、寸評を書いたりと言った仕事をしてました。
また、1日セブンの営業が終わりました。
そして、もうひとつのニュースが飛び込んで来ました。ビリヤード専用SNSとして活動されていたPoolPlayers(通称PP)が7月末で閉鎖されるそうです。
PPで知り合ったビリヤード仲間は多かったですが、特にセブンを会場に何度もオフ会を開催しました。最近はアクティブに活動している人も少なくなっているとは聞いていましたが、ついに閉鎖が決定してしまったようです。
13日、20日は最後のセブンオフ会が開催されますが、来れる人は来てくださいって感じのゆるいオフになりそうです。
今年は俺のビリヤード人生で色々と区切りの年になりそうですね・・・


打ち合わせ

今日は日中に新しい借主さんと工事屋さんと打ち合わせでした。
色々な物の処分法を決めたりしているといよいよなくなっちゃうんだなぁ・・・って感じはしましたね。
夜は19時から通常営業。お客さんは0・・・まぁ、こんな状況じゃ続けるのは難しい訳でw
さて、明日は湘南工科大で講義なので授業準備して寝ますかね?


ビリヤードセブン閉店のお知らせ

なんと今年初のブログ更新ですw
表題のとおりなのですが、私の経営しておりますビリヤードセブンを6月21日の営業をもちまして閉店させて頂く事となりました。
開店以来29年の長きに渡りご愛顧を頂きまして誠にありがとうございました。
急に閉店が決まった訳ですが、この兆候は数年前からありました。セブンはダーツもゲームもありません。ビリヤードのみの営業です。ドリンク販売はありますがほぼ売り上げの9割をビリヤードで占めていた訳です。今のビリヤード場の環境はセブンのような専門店には非常に厳しかったというのが本音です。
セブンの入居するハレルヤビルは私の個人所有のビルなので家賃が発生しません。しかも、人件費は基本的に私のみです。あまり細かい数字をあげるのもどうかと思いますが、試しにセブンの月間売り上げからドリンクの仕入れや光熱費を引いたものを、(いわゆる経常利益ですね)私の店番をしていた時間で割って見ると時給75円を切ります。
それでもビリヤードが好きで、セブンが好きで、常連さんが好きでがんばって営業して来ました。もう最後だから愚痴ととられても泣き言と取られても構いません。
専門店としては常にコンディションを整えて置きたいと言うのはお客様だけでなく一番に思っていたのは私だと思います。空調が壊れても中々直す事が出来ず、ラシャを換えたくてもお金がないから出来ません。精一杯無理をして新しいエアコンをリースして、ラシャも年末に2台だけですが換えました。それらの負担がさらに経営を圧迫して行く事も承知していましたが、なによりビリヤード場として最低限のコンディションは維持したいとの思いがありました。
でも、現実にはその間にコンディション不良などが理由でしょう。常連さんがドンドン居なくなっていきました。どこかに引っ越した、生活環境が変わった、ビリヤードをやめてしまった等の理由ならば仕方ないとも思います。元常連さんが別のお店で撞いているとの噂を聞く度に申し訳ない気持ちと悔しい気持ちで一杯でした。
お客さんにはお店を選ぶ権利があります。だから、それに応えられなかった私が悪いのは分っています。でも、この負の連鎖をどうしても止める事が出来ませんでした。
私にはもう手持ちの札が無かったんです・・・
ビリヤードは好きですが、調子の悪い時だってもちろんあります。今日は自分の練習をしたい。休みたい。そんな時だってお客様から声が掛かれば失礼のないようその時に出来る全力でお相手をして来たつもりです。でも、もう体力も気力も持たなくなって来ました。
18のときに右も左も分らないまま偶然飛び込んだビリヤードの世界にこんなにも長く居るとは当時想像もしていませんでした。コネもツテも実力も無いアマチュアプレーヤーがよくも続けて来たものだと思います。
ホームページやSNSでセブンの閉店をお知らせしてから各所から労いのお言葉を頂戴しております。本当にありがたく感謝に耐えません。寂しいとおっしゃって頂く方もいらっしゃいますが、私も今までの人生の中で一番長い時間を過ごした場所がなくなってしまうのはとても寂しいです。
辛い思い出の方が今は多いですが、10年後、20年後にはそれらも良い思い出として思い返す事が出来るかもしれません。もちろん、楽しかった、嬉しかった思い出も沢山あります。
そう言う訳でセブンの閉店は単純に売上げ不振です。とは言え会社の経営者的な立場で言えば不採算事業とは言え売上げは立っている訳でこれを0にしてしまう訳にもなかなか行きません。次のテナントが決まれば撤退已む無しと言う感じで考えていました。
今までにいくつかお話しは頂いていたのですが、経営者の私とビリヤード場を続けたい私の綱引きで経営者の私が最後には「もうちょっと続けてみなよ」と言う決断をして来ました。今回、縁あって学習塾を経営したいとのお申し出があり、私の経営するもうひとつの事業であるパソコン教室とのシナジー効果や1階テナントの動物病院、お弁当屋さんにもご迷惑にならない業種である事、私の条件を基本的に全て飲んで頂けた事などを勘案しセブンの場所をご提供することと致しました。
ただ、その際に夏期講習を行いたいので7月にはオープンをさせたいという強いご希望があり6月末日までに機材一式を撤去した上でお引渡しをすることとなりました。従いまして6月21日までは通常営業を行い、22日からの約10日間で撤収作業を行う事となり告知から閉店までの時間が非常に短くなってしまった事は申し訳なく思っております。
私の個人としてのビリヤードですが、実はビリヤードを趣味と言った事があまりありません。なぜならばプロプレーヤーではないですが、お店を経営している以上、私にとってビリヤードは仕事だった訳です。だから、趣味と言う訳にはいかなかった訳です。セブン閉店後は趣味として細く長くビリヤードに携わっていければ良いなっと思っています。
撞く頻度はどうでしょう?月に数回ってところですかね。もちろん掛け球は嫌いなのでやりません。相手は基本的に選びませんが、やりたくない人とは撞きません。これからはそれが許されますからね。
心残りはたくさんありますが、特に最近は2歳になった優輝と散歩して帰って来ると「パパ、ビリヤードする?」って聞かれ、セブンに連れて来るとビリヤードの真似事をしたり、俺のプレーを興味深そうに見ているので、きちんと教えてやれる環境を残してやりたかったかな?と言うのはありますかねぇ?
すいません。
事が事なだけに湿っぽくなってしまいましたし、愚痴ばかりの嫌な記事になってしまいましたが、20日までは通常営業しています。7日には最後のビリヤード教室、14日にはSIBC神奈川支部会も開催します。8日、15日は定休日でお休みです。11日、16日は営業はしていますが私は他の仕事でセブンには入れたとしても夜遅い時間になると思います。(入れない可能性が高いです。)
そして、最終日の21日はセブン最初で最後の終日フリータイムにしたいと思います。開店は12時、閉店は翌日5時(まぁ、日が変わって月曜日ですから24時以降お客様の居なくなったところで閉店にしますが・・・)入場時に1,000円で撞き放題です。最大17時間1,000円(笑)・・・
えっと、コンディションも一応説明しておきますと1、2番テーブルは比較的まともです。3、4番はクッションの一部が完全に死んでます。1、2番テーブルは程度も良いのでセブン閉店後は引き取り手が既に決まってます。ですから最後だからと言って無理なプレーでラシャに穴空けたりしないでくださいね(笑)
3、4番は廃棄の予定ですが、欲しい人がいれば運搬等の費用をご負担して頂けるのであれば差し上げます。ただ、クッションとラシャの交換が必要になりますので、設置して使うには別途費用が掛かりますのでご了承ください。(業者はご紹介できます)
そうそう、Taishi’S HOME PAGEはどうなるの?って方もいらっしゃるかもしれませんね。更新がすっかり止まってしまっていますが、なんとリニューアルして続けるつもりです。セブンのホームページは閉店後しばらくは閉店のお知らせと過去のアーカイブとして残して置くつもりです。
このブログはしばらく更新を止めてましたが、期間限定になるかもしれませんがセブン閉店までの記録としてしばらく書いて行こうかと考えています。


なりたくない職業

この気まぐれブログもなんとかしないとなぁ・・・
と、いつもの反省のないはじまりですいません。メインのホームページも全然更新してなくて時代遅れも良いところですしねぇ・・・
さて、何書こうかな?<決めてなかったんかいっ!
先日、行われた衆院選は・・・
やめっ!絶対つまらないw
そうですねぇ・・・昔話でもしましょうか。
俺は大学を出るまで絶対にならないと決めていた職業があります。それは・・・教師です。学校の先生にだけはなりたくないと思ってました。
俺は幸いにも小中高と担任の先生には恵まれましたが、中高では教科担任の先生の中に嫌いな人(あえて先生と呼びたくありません)も多かったです。まぁ、俺の中では「教師=嫌な人」ってイメージがあったんですよね。
例えば小学校のときの家庭科(担任ではなく家庭科専門の人)
忘れ物をした人を全員立たせて「二度と忘れ物はしない」と全員の前でひとりひとり宣言させる。なんて馬鹿な事を言い出しました。まぁ、忘れ物大王のあだなを欲しいままにしていた俺がそのときたまたま忘れ物をしていないなんて事はなく立たされている一人だった訳です。順番に「もう忘れ物はしません」と言って座って行きます。いよいよ俺の番・・・
「忘れ物をした事は謝ります。でも、二度と忘れ物をしないなんて出来もしない約束をして嘘つきになりたくありません。だから、誓いません。」
と言ってやりました。まぁ、生意気な餓鬼ですことw
一瞬ポカンとした表情をした後に「そのまま授業が終わるまで立ってろ」と言われました。ちなみにその人は数回後の授業に忘れ物をして職員室にとりに行ってましたけどね。今だったら「二度と忘れ物はしませんって皆の前で誓えよ」って言っちゃうんですがwww
俺はこの時の自分の対応を今でも正しかったと思っています。もっともそのときの家庭科の成績は「1」でしたけどね。後にも先にも成績表に「1」を付けられたのはこれが最初で最後ですが・・・
他にも高校時代・・・
うちの高校では部活の朝練が終わった後に部室塔に鍵をかけて教室に向かう事になっていました。部室塔は複数の部活が共同で使用していて各部の1年生が持ち回りで最終の鍵かけをします。その日は軟式野球部の当番。俺が各部室を回って鍵を閉めるので早く部室から出るように促して回ります。最後までタラタラやっていたのはバスケ部。高校1年生にとって3年生は鬼より怖い存在です。しかもバスケ部は全員大柄・・・なだめすかしてなんとか出て貰い鍵を閉めて教室に向かった時に始業のチャイムがなりました。当時、朝のホームルームはなくいきなり1時間目の授業がスタートします。時間にして数分遅れて教室に入ると数学の授業が始まったところでした。そして、理由も聞かずに「廊下に立ってろ!」まぁ、仕方ないので廊下に出ます。しばらくすると別の先生が通ります。俺の目の前に立つといきなり平手打ち・・・そして、「馬鹿が・・・」と言い残して去って行きました。もちろん立たされている理由は聞いてません。ってか俺一言もしゃべってないし・・・
ちなみにこの時の数学の教師はバスケ部の顧問です。ようするにてめえの指導が行き届かないでチンタラやってる奴らのせいで遅刻したにも関わらず有無を言わさず廊下に立たせて授業機会を奪い(もっとも教え方が私立の先生とは思えないほど下手糞だったけど・・・)出席簿に遅刻の烙印を押し、さらにアホな教師が「廊下に立たされている=悪いことをした殴っても良い奴」と判断して平手打ち。その単純思考、脳が沸いてるじゃね?
えっと、高校3年間で俺は無欠席で遅刻が1回です。皆勤賞を取れなかったのは今でも恨みに思ってます。
まぁ、3人とも覚えちゃいないだろうな。そう言う人は基本的にいつもそういう態度だから珍しい事でもなんでもないでしょ。毎年数百人を相手にする訳で教師生活全体を通せば数千人の中の一人の小さなエピソード。でもね。やられた方は一生覚えてるんよ。いじめっ子はいじめた事を忘れてるけど、いじめられた方は絶対に忘れないからね。同じこと・・・30年経って全世界(大げさな・・・)に公開されるとは思ってもいまい。ってかこの記事読んでも自分だって判んないだろうしねぇ・・・
で、なんでこんな歪んだ人間が先生って職業に就いているか考える訳ですよ。
高校までの先生になるには基本的に大学で教職課程を取って教員免許を受けた上でなる訳です。俺は教師になる気などサラサラなかったですし、大学の授業もまともに出ていない遊んでばかりの学生生活でしたから教員免許は持ってません。(ちなみに大学は専門機関なので教員免許がなくても講師になれます。)
で、大学出立ての新人さんがいきなり学校に赴任して「先生」と呼ばれる訳です。もちろん、多くは自分の子供もいない状態のはずです。子育ての経験も社会人の経験もない状態で、遥か年上の子育てをして社会を経験している父母と対峙する訳です。まぁ、力むでしょうねぇ・・・
前述で俺は担任に恵まれたと書きました。特に尊敬する先生がお二人いらっしゃいます。小学校5,6年と高校2,3年の担任の先生お二人です。二人の先生に共通していることがあります。それは、お二人とも大学卒業後一般企業に勤められた後に教職に就かれてます。
俺は失礼を承知でお二人の先生にこんな質問をしたことがあります。
「社会人を経験していない先生が子供たちを叱るときに社会では通用しないみたいなことを言うのはおかしくないですか?そう言ってる本人が社会からかけ離れた学校という世界しか知らないのに・・・」
お二人の答えはほぼ同じでしたが、どんな内容かは想像にお任せする事にしましょう。
あまり批判めいた事をかいてとばっちりが来るのも嫌なので、俺の話に戻しましょう。
俺も短い期間ではありますがサラリーマンの経験があります。仕事が嫌いで退職した訳ではありませんが、嫌なことがあったのも事実です。でも、そのときの経験は今に生きていると思ってます。もしも、サラリーマン生活を経ずに大学を出ていきなり今と同じ仕事をしていたとしたら・・・多分、とっくに破産して下手すりゃどっかで野垂れ死にしてますね。
運命とは皮肉なものでそんな教師嫌いの俺が大学の教壇に立って2校で8教科を教えている訳です。履修している学生は述べ人数で年間500人くらい。本当は一人一人と膝つき合わせて授業をしたいですが、現実にはそう言う訳には行きません。でも、そういう気持ちは常に持って教壇に立っているつもりです。
俺は先生と呼ばれる立場になっても学生よりも偉いとは一度も思った事はありません。それぞれの学生が俺よりも優れたものを持っているはずです。それは年齢、立場関係なく尊敬すべき事だと思います。だから学生と話をするときには出来る限りリスペクトして話をし、聞くようにしているつもりです。
もし、俺の授業を聞いて解らないという学生が居たとすれば、それは俺のせいです。仮に学生が授業中寝ていたり、内職していたり、予習復習をしなかったとしてもです。
この先生の授業は面白い。興味深い。聞いていたい。もっと知りたい。そう思わせるのが俺の仕事です。だって皆そうでしょ?好きなアーティストのコンサートに行って夢中でスマホでゲームしている人なんていない訳ですよ。ドームで5万人を熱狂させられる歌手がいるなら100人の学生を前を向かせて興味深く授業を聞かせる事は出来るはずなんですよ。まぁ、残念ながら俺はまだそこまで達していませんが・・・
100人近い学生がいると自分ひとりくらい聞いてなくてもと思う気持ちは分かります。でもね。俺もプロなので大体把握は出来ているんです。
例えば俺は授業点を加算点として成績に反映させています。ある俺の担当する科目で約80名の履修の内12名にあらかじめ授業加点をするつもりでいました。試験をやった結果その12名は全員成績上位15名に入っていました。
俺の究極の目標はその今は12名の加点対象者を80名にすることです。そう、全員が俺の授業を聞いて内容を理解し、それをさらに高めてくれる一歩にしてくれればと思っています。
図らずも教壇に立つ身になった今、教壇に立つのが嫌だとは思っていません。ただ、一人の先生と大勢の学生ではなく、1対1の人対人の関係のつもりでこれからも授業をして行きたいですね。それに、俺は誰かから一生恨まれるなんて事にはなりたくないですからwww


入院しちゃいました

久しぶりのブログがこんな記事になろうとは・・・
この度は多方面にご迷惑、ご心配をお掛けして申し訳ございませんでした。
事の顛末をブログでご報告しようと思い久しぶりの更新となりました。
月曜日(10日)はいつもと同じように朝10時過ぎに起床。睡眠不足ということもなく普段と同じ月曜日の感じでした。ママが海老名に買い物に行くと言うので車で駅まで送ってもらったくらいが普段と違うと言えば違う事くらい・・・
いつもより少し早めの時間に東京医療保健大学に到着。講師控え室で昼食を取りながら今日の授業プランの最終確認。そして3限の授業に向かいます。当初予定より若干の遅れはあるもののほぼ予定通りに3限の授業を終えて、10分間の休憩中に缶コーヒーを1本飲んで再び教室に戻り4限の授業を始めます。
授業開始から30分ほど経過した時から右下腹部に違和感が出て来ました。最初は十分に耐えられる痛みだったのですが、治まるどころかドンドン痛みは増して行きます。時計を見ると次の休憩まで40分以上あります。立って授業を続行するのを諦め椅子に座って痛む下腹部を押さえながら授業を続行しますが、5分も持たずに限界に近づきます。
ここで無理して授業を進めるか、それとも一度授業を中断して状況を教務に報告して善後策を協議するか・・・ただ、痛みはドンドン増して行き引く気配は全くありません。ここは3階、エレベーターもない。このまま倒れて意識を失うような事になった場合、俺を1階まで下ろすのは相当大変なはず・・・まだ、なんとか動けそうだ。
俺は学生に体調不良を告げ、教務と協議するのでそのまま教室で待機するようにお願いして1階の教務へ駆け込みます。
すぐにソファーに横にさせてもらい保健の先生が見に来てくれましたが、痛み方が尋常ではないということで救急車を手配してもらうことになりました。
授業中に救急車が学校に横付けされるというのは通常の自体ではないので学生の皆さんには随分ご心配をお掛けしたであろうと申し訳なく思っております。
16時15分に世田谷中央病院に搬送され、症状の確認とCTスキャンによる画像診断が行われた結果、右尿管結石と判明しました。
尿管結石は痛みの王様、3大激痛のひとつとも言われとてつもない痛みが伴います。たぶん、俺も今までの人生でこれほど痛い思いはしたことがないと思います。ほんと、あまりに痛すぎてこのまま意識が飛んじゃえば楽になるのに・・・と思うくらい痛いです。
実は講義中は脂汗をかきながら痛みに耐えていた訳ですが、病院に到着してからの数時間の痛みはそれを凌駕してあまりある痛みでした。ただ、一方で冷静な俺もいて結石ならば死ぬことはないから大丈夫とも思ってました。
東京医療保健大学からは教務の方が一緒に救急車で来て頂いていたのですが、依頼元の担当者の方もすぐに駆けつけてくださり、家への連絡もして頂きました。
時刻は夕方。ラッシュ時間帯に優輝を連れてママが電車移動という訳にもいかず、母が来てくれました。その頃には入院が決まり絶対に痛みが取れるという強力な痛み止めを点滴で入れてもらい痛みが落ち着いて来ていました。この痛み止めを処方すると危険が伴うため入院処置が必須になるとのことで入院することを承諾し痛みを取る事を最優先して頂きました。
憩室炎での緊急手術以来20年ぶりの入院です。そういえば救急車で搬送されるのは人生初体験だったな・・・無線のやりとりで「50歳くらいの男性」という声が聞こえたけど、まだ50じゃないやい!と思った後に「あれ?もうすぐ47か・・・50くらいってあながち間違いじゃないじゃん」とか考えてた自分がいたりするんですけどね。
今は病室から通話は出来ないものの携帯の使用は禁止されていないので、TwitterやFBを通して現状報告の第一報を入れたのもこの頃ですかね?
その後は寝るまで友達とLINEで連絡を取ったりしながら、2時間毎くらいに寝ては起きるの繰り返しで朝を迎えます。
朝の回診で主治医の先生から退院の許可を頂きましたが、火曜日に予定していた湘南工科大の講義には当然間に合いません。前日に担当者から連絡はして貰っていましたが、念のため俺からも直接大学担当者にメールで現況報告と休講手続きのお願いをして、退院になった旨をママに連絡しました。
11時頃に主治医の先生から細かい病状の説明があり、CTの結果明らかな尿管結石であったこと。大きさは約5mmでまだ排出されていないのでまた痛みが出る可能性のあること。他に1mm程度の結石が左の腎臓に認められること。憩室が5つに増えてること。肝臓がフォアグラになってること等を指摘されました。結果、自宅療養で自然に石が排出されるのを待ちましょうとのことです。
午後2時前にママが優輝を連れて車で到着。昨日は緊急入院だったので入院手続きと退院手続きを同時に行う慌しさw
思わぬ出費になったなぁ・・・入院保険1泊から出るけど補填するほどはないしなぁ・・・まぁ、あの痛みが続いたり最悪死んじゃうような場合を考えれば仕方ないか・・・
その足で東京医療保健大学に向かい、昨日ご迷惑をお掛けしたお詫びと、退院したご報告をして帰宅しました。
その日はビリヤード場の店番を母親にお願いして終日家で過ごすことにしました。匠太がものすごい心配してくれたそうで帰ってくるなり飛びついて来ました。まぁ、簡単にゃ死なないよw
翌日、水曜日の夕方に恐れていた発作が来ました。ただ、得体の知れない怖さはもうないので冷静に痛み止めの座薬を使用し、念のため掛かりつけの内科を受診して追加の痛み止めを出してもらいました。8時間くらい激痛を戦った後に勝利し、その後はまだ発作は起きていません。
ただ、石は排出されるときに分かるそうなのでまだその実感がないということはいつ発作が起きるか分からない状態とも言えます。ネットで調べた範囲では尿管には狭窄部が3箇所あるので3回痛みが来るという話があるのでもう1回あるのかもしれません。あの痛みはもう経験したくないんですけどね。
結石により水腎症を発症しているので腎機能が低下しているようで身体全体のだるさは抜けませんが、食事も3食取れてますし、睡眠時間もいつもの倍くらい寝ているのでたぶん大丈夫です。
改めまして東京医療保健大学、湘南工科大学の皆様にはご迷惑をお掛けした事をお詫び致します。
学生の皆さんには補講などスケジュールを変えて頂く必要が出るなど、まだまだ影響があると思いますが、来週からは元気な姿で教壇に帰りたいと思っています。


延長50回

随分久しぶりの更新になりましたねぇ・・・
まぁ、この間にも色々ありましたよ。どちらかと言うとトラブルが多かったかなぁ・・・
もっとも基本的にケセラセラな人なんであまり気にしてませんwww
なんで急にブログを更新しようと思ったか?寝れないからですw
なんか話題あっかなぁ~そうそう、高校軟式野球全国大会の準決勝が延長50回で決着しました。軟式野球部出身の俺としては全国的な話題になるのは嬉しいですね。来年はひょっとすると我が日大高校軟式野球部の部員が急増したりしてwww
俺の世代は特に2年生のときに部員不足でしてねぇ・・・上級生(3年生)は2人しかいませんでした。同期は何人だったっけ?7,8人だったかな?数えりゃ良いんですが、誰がいつ入部して退部したとか思い出せないし・・・1年生も1人しか入って来なかったので夏の大会はベンチがガランとしてましたねw
もう25年以上顔を出していないので現在は分かりませんが、当時はいくら人数不足でも硬式野球部を退部した人は原則入部させない方針でした。硬式でレギュラーになれないから軟式で・・・なんて考えの人が数世代前にはいたようで「軟式なめんなよ!」ってな事になったようです。
俺より12,3期前の先輩が1度神奈川大会を優勝して南関東まで進んだようですが、俺たちの最高成績は3年のときの県大会ベスト8ですね。春と秋の結果は知りませんが夏に限りれば今までにベスト8には何度か進んでいるみたいですが、その上はないみたいです。後輩たちよ。是非、俺たちを抜いて行ってくれ・・・
さて、話しを延長50回に戻しましょうか・・・
試合後は賛否両論だったようですねぇ・・・批判派の人は軟式野球を知らないんだろうなぁ~と思った訳です。4日で700球を超えるのは異常だと言う訳です。まぁ、確かに正常ではないですね。
両監督共にさすがに交代を考えたようですが、本人達が行きたいと言ったようですね。そりゃそうだ。全国大会準決勝で1点も取られてないのに交代しますなんてピッチャーがエースの訳ない。
で、健康面がどうのこうの始まる訳ですよ。はっきり言いましょうか。高校軟式野球でプロを考えているのはほぼ皆無です。プロでやりたいと思っていたら硬式に行ってます。まぁ、学校に軟式しかなくてプロになる意思はあるけど仕方なく軟式って人もいるかもしれませんが、そもそもそういう人は軟式野球部しかない高校に行きません。
全国大会準決勝という場所と延長で1点でも与えられないプレッシャーという中での700球は練習の700球とは違う事は100も承知です。でもね、しっかり鍛えた彼らがそれくらいで壊れるとは到底思えないんですよ。
あくまで俺の経験です・・・
俺は大学でも軟式野球部でした。4年の時には東関東大学リーグを無敗で優勝し、東関東代表として東日本大会に出場し準優勝しています。
そこでの俺のポジションですが2年のときにセカンドからピッチャーにコンバートして立ち位置としては5番手ピッチャーです。5番手って意味分かります?
主な試合はエースが投げます。エースがピンチになれば2,3番手が投げます。得点差がついたゲームでは4番手くらいが登板する事もあります。5番手は試合じゃまず投げないんです。
実際に俺の大学時代のピッチャーとしての公式戦記録は1試合。しかも0回0/3です。すなわちマウンドには立ったものの緊張で1アウトも取れず、ピッチャー経験のないサードが急遽俺の後を投げるというしょっぱい思い出でしかありません。
一応、言い訳しておきますが練習試合では3試合で先発してますし、防御率も2点台だったと思います。社会人時代には公式戦で5回参考ですがノーヒットノーランもやってます。球速は最高135km/h以上出してましたし(軟式では速い方ですよw)公式戦唯一の登板で結果を出していれば、ひょっとして次の登板もあったかもしれません・・・
まぁ、それはいいや。今になってはそれも思い出と・・・
で、俺のチームでの役割な訳ですが練習の時のバッティングピッチャーです。50名近い大所帯でしたが、エースから3番手くらいまでのピッチャーは自分の練習が優先です。当たり前です。シートバッティングでマウンドに上がるときも自分のタイミングで自分の投げたい打者数だけ投げます。
俺はそうは行きません。野手がバッティングピッチャーを勤める場合もありますが、バッターからすれば一応ピッチャーである俺の球を打った方が練習になるので、俺に投げてくれと言う事が多くなるのは自明の理です。
そこで俺は投げます。投げ続けます。50人に対して一人20球投げても1000球です。まぁ、一人で投げきる訳じゃないので半分にしたって500球です。夏の合宿では5日間毎日です。自分の練習で投げる球を合わせれば合宿中3,000球は投げていたはずです。
俺、肩壊してませんよ。まぁ、数年前にちょっとおかしくしましたが、そのときの影響があるとは思えませんし、今は完治したので全力でバンバン投げられます。もっとも球速は100km/hに及ばないでしょうし、50球投げられるかも怪しいですけどねw
彼らはこの試合に掛けていたはずです。それこそ青春の全てを掛けて全力で戦ったのだと思います。勝負事ですから勝ち負けはあります。でも、それを超えた貴重な経験をし、それをきっとこの後の人生に役立ててくれるだろうと思います。多くの人に感動を与え勝って奢ることなく、負けて悔いなし。こんな素晴らしいゲームをした両校と選手の体調面を気遣いながら最後まで試合を続けた監督、コーチ、大会運営には敬意を表したいと思います。
それをね。実際にどんなに苦しい練習に耐えてこの場に立ったのか、試合に出られない選手や裏方でひたすらバッティングピッチャーをやって来た人たちの思いなんかも背負って投げていたであろう彼らに球拾いの経験さえない輩が健康面がどうのこうの言う訳ですよ。
4試合連投すりゃそりゃボロボロでしょうよ。でも、最後のバッターを高めのストレートで三振に討ち取ったあの気迫は投げろと言われればまだまだ投げられたと思います。
根性論は俺も嫌いです。精神論も嫌いです。でもね。経験もない奴が知ったかぶって上から目線で「かわいそう」なんて言うのはその100倍嫌いです。
もしもはありませんが、それでも「もし」まだ投げられるというピッチャーを途中で交代して負けてしまった時に交代されたエースの心情なんてのは関係ないでしょうね。「もし」1試合で延長50回ではなく、3試合連続で延長15回で決着して優勝したとしても、これほどの話題にはならなかったでしょう。すると、当然ですが新聞の隅に小さく記事になるだけです。合計45回を3日で投げても同じはずですよね?話題になったから批判する。誰だって出来るんですよ。
高校野球は教育の一環だとの主張があります。俺もそれで良いと思います。自分達のやってきた練習、仲間の思い、そして負けたくないと言う気持ち。誰も強制なんかしてないはずです。自分で決断し投げぬいた両校のピッチャーはかけがえのない経験を積む事が出来たはずです。教育の一環というなら見事な教育じゃないですか。
もちろん、健康面を配慮しなくて良いということではありません。両校の監督さんはきっと適切な水分補給、試合後のマッサージ、精神面でのアドバイス、そして、つらくなったらいつでも交代して良いと伝えてマウンドに送り出していたはずです。それでなければこんな試合は出来っこありません。
過程や背景を考えず、想像することもなく、自分の思い込みと間違った正義感だけで他人を批判するような人間にだけはなりたくないものです。


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