こだわり

今日は月曜ですがITパスポート試験の講師に夕方から某大学へ…
いつも車で行くんですが、校内に車を止める為に毎回入校の際に警備室に行って駐車許可証を貰うことに
なっているんですよね。で、担当の警備の人によって対応がまちまちなんですよねぇ…
俺がいつものように…
「ITパスポート試験の講師に参りました」
と言って記録簿に記帳していると…
「そんな話は聞いてないんですけどねぇ…」
まぁ、それでも入校許可証は出してくれましたよ。でもね…
俺が講師をするってのは乞われて行ってる部分もある訳です。もちろん仕事ではありますが、専門の
講師を必要とするからこそ俺が行っているという自負もあります。
俺が今日講義をするというのは以前から決まっていたこと。それが警備に伝わっているかどうかという
ことは、そちらの連絡体制の問題で俺の問題ではない。それを俺に面と向かって「聞いてない」とは
どういう了見だろう?もちろん、大学の警備という重要な仕事をしている訳だから怪しい人間が校内に
入らないようにするという観点から連絡のない人間を疑うというのは仕方ない。でも、疑いというのは
相手をリスペクトしていないということであり、お客様に対して失礼であるということにならないだろうか?
聞いていないのであれば俺に聞こえないところで「しばらくお待ちください」とか言って学生課にでも
問い合わせればすぐに判ること。相手に失礼のないようにお客様を迎えるというのも大事な仕事のはず…
別に迎えの車を寄越せなどと偉そうなことを言うつもりはないですよ。でもさ…不快にさせるような言動は
どうかと思うんだよねぇ…これが1度や2度じゃないんだ…
テンションだだ下がりでしたが、それこそ受講生には関係ないこと。いつもどおり全力で授業はしました。
前回の積み残しの挽回は完全には出来ませんでしたが、一応の予定ペースを保ててます。最初に
しっかりとした授業プランがないと枠が決まってますからね。
帰り際に守衛室でひとくさり言ってやろうかとも思いましたが、無用なトラブル起こしても詰まらないし
笑顔で「お疲れさまでしたぁ」と大人の対応で帰って来ましたが(笑
匠太は病院に行ったようですが喉風邪のようでインフルエンザではないとの診断で一安心。まぁ弱毒性と
言われていますが、かからないに越したことはありませんからね。
夕食時に匠太がお気に入りの茶碗を割ってしまい大泣きするなんてアクシデントもありましたが、普段
使いのものに愛着があるのは悪いことではないですからね。不注意で割ってしまったのは匠太が悪い
訳でここはきちんと言わなければいけないし、同じものは柄などが例え同じに見えても2つとないことも
伝えて置く必要があります。「壊れたから同じ新しいものを与える」では教育にならないですからね。
大泣きする匠太をひざに抱えて…
「次の茶碗は割らないように大事に使おうな」
失敗は誰だってします。そしてその失敗は取り消すことは決して出来ません。失敗を取り消すことは
出来ませんが、反省し取り返すことは出来ます。
匠太が茶碗を割ってしまった事実は消せないんです。でも、新しい茶碗を今までの茶碗以上に大切に
扱い大事にすることが出来たら取り返したことになると思うんです。
多くのことに当てはまると思います。
例えばビリヤードでミスをします。絶対にします。一日に何度もします。他人には上手く行ったように見えて
自分ではミスであると感じることもあります。
で、それは消せません。反省は大事です。同じことを繰り返さないように努力しそれを積み重ねることで
経験や実力がつく訳です。
失敗したと悔やんで下向いて「あの失敗がなければ」と思っていたってなにも解決しないんですよね。
ミスを気にしないのではなく、ミスをミスと認めて前を向くことが重要だと思うんですよね。
匠太にはものを大事にして、仮に失敗してもそれを糧にして前向きに物事を考える人になって欲しいと
願ってます。

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